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新潟地方裁判所高田支部 昭和44年(ヨ)19号 判決 1970年2月18日

債権者 小野鉄治

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 今井敬弥

債務者 藤林徳也

右訴訟代理人弁護士 大山菊治

同 表久雄

主文

債権者らの本件仮処分申請をいずれも却下する。

訴訟費用は債権者らの負担とする。

事実

債権者ら訴訟代理人は、「債務者は、高田市西城町三丁目三番二、同番三、同番四の各土地上に、別紙物件目録の建物を建築するにつき、右建物の東西に延びる最北壁面が、右各土地とその北側の国有地との境界線より一五メートル離れてこれと平行する線と一致するように建築しなければならず、かつ右平行線より北側内で建築してはならない。」との判決を求め、申請の理由として次のとおり述べた。

「一、債権者らの居住状況

(一)  債権者小野は、昭和六年頃肩書地に公簿上平家建、現況二階建延べ八七・六平方メートル(二六坪五合)の家屋を建築所有し、じ来夫婦で居住してきたが、その家屋の現況は、別紙図面二のうち小野と図示してあるとおりである。

(二)  債権者丸山は、肩書地で小松チヨ所有の公簿上平家建延べ一二八・八八平方メートル(約三八坪九合九勺)の家屋を同人より賃借し、夫婦で居住してきたが、その家屋の現況は、別紙図面二のうち小松と図示してあるとおりである。

(三)  債権者並木は、肩書地で田中テイ所有の公簿上二階建延べ八六・七六平方メートル(二六坪二合五勺)の家屋を同人より賃借し、夫婦および子供二人で居住してきたが、その家屋の現況は、別紙図面二のうち田中と図示してあるとおりである。

二、債務者の居住状況等

債務者は、肩書地において父道三(当六八才)と藤林医院を経営しているが、債務者方は代々医師を業としてきたものである。別紙図面一中赤斜線部分は、うち二四宅、二ノ七宅と図示してある土地が、債務者の母サダおよび債務者の子陽三、敬三の共有名義になっているほか、すべて債務者の父道三の所有名義になっており、その面積は、宅地部分が三、九九五・三一平方メートル(一、二一〇坪七合)、畑部分が一、九八三・四七平方メートル余(二反余)となっている。

三、債務者の本件病院建築計画

債務者は、昭和四四年六月頃高田市西城町三丁目三番二地目畑、同番四地目宅地、同番三地目畑(いずれも道三の所有名義)の三筆を右道三から借りうけ、右地上に鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階、地上四階建の建物一棟(病院用、以下本件建物という。)の建築を計画し、新潟県に対し建築確認の申請をなし、現在土地の測量等の準備をなしている。右建物は、同建物北端から巾五メートルの部分は一階で、他はすべて四階建となっており、東西の長さ二八メートル、巾一七・二メートル、高さ一三・六メートル、他に玄関長さ三・六メートル、巾六メートル、延べ面積一、二四七・八三平方メートルとなる予定である。右建物の建築位置は、別紙図面二の藤林医院建築予定地と図示してあるとおりであるが、債権者ら居住家屋の敷地と債務者建築予定地との間には、巾員一・八メートルの下水路(国有地)があり(現在下水溝は巾約六〇センチメートルで、債権者ら側、債務者側より共に約六〇センチメートルずつ埋立てられている。)、本件建物は、右国有地と債務者の建築予定地との境界(債務者側土地の北側境界)より一・二メートル南に下って右境界線と平行する線上に、本件建物の北側端がくるように計画されているから、前記境界から六・二メートル南に下って右境界線と平行する線上に、高さ一三・六メートルの四階建陸屋根の建物北側端がくるように建築されることになる。しかも右建物の東北の北端部分に、北側境界線に沿って階段が設けられることになっている。

四、債務者の本件建築と債権者らのこうむる損害

(一)  日光の遮断

債権者ら居住の家屋は地形上南に面しているため、主要な窓は南面している。ところが、債務者が前記建物を建築したとすれば、債権者小野の家屋玄関のガラス戸が、前記国有地に存する下水溝の中心線から四・五八メートル、債権者丸山の居住家屋南側出窓、債権者並木居住家屋玄関のガラス戸から右中心線まではそれぞれ六・〇四メートル、六・七五メートルであるため、冬至正午において、債権者小野、同丸山居住の家屋は日光が全然当たらず、債権者並木居住の家屋は冬至午前一一時すぎから漸く日光があたりはじめることになる。

(二)  積雪障害

高田市は我が国有数の積雪地であって、一晩の降雪が二メートルに達することも稀ではない。本件建物のようにコンクリート造りであっても、二メートルの積雪があれば当然雪降しが必要となる。しかるに、本件建物の建築計画では雪降しの場所がないから、結局右の雪は債権者らの敷地に落下するほかなく、前述のように、冬至正午で全然日の当たらない場所に更に積雪が著しく、寒冷の増加と融雪の困難が加わるのである。また、雪国では高層建物の北側が雪の吹きだまりになって、他の部分より以上に降雪することは公知の事実であって、高さ一三・六メートルの本件建物により債権者ら家屋の南面が雪の吹きだまりとなり、日光の遮断と相まち積雪期の寒冷のきびしさは想像に余りあるものである。

(三)  通風障雪

夏期には、右と反対に本件建物により南風がさえぎられて通風が悪くなり、債権者ら居住家屋はむし風呂のように暑くなることは必至である。

五、債務者の本件建築行為の違法性

(一)  権利濫用

(1)  広大な土地所有

前述のとおり、債務者の父道三は、肩書地に合計三、九九五平方メートル余の宅地を所有し、空地も多くあり、債務者はこれら土地のどこでも借用できる関係にあるから、無理に債権者ら敷地に近接した土地に建築する必要は少しもない。右所有土地の北側部分に建てたいならば、別紙図面一にみるとおり、五番三畑の北側隣地は墓地であり、五番二宅地の隣地は寺院境内であるから、同所に建てれば隣地相手方に迷惑がかかる割合は多くない。

(2)  通路利用との関係

本件建物建築予定地は、別紙図面二のとおり大町通りより大町三丁目町会共有の私道を通って玄関に達するものであるが、それならばなお更債権者ら敷地に接する側の土地部分をあけて通路にした方が土地利用上有効であることは疑いをいれない。

(3)  本件建物の南側の十分な敷地余裕

更にまた別紙図面一のとおり、本件建物敷地の南側部分は、二〇番畑、一七番五畑と一七、一八番畑の三筆が他人所有の土地で、債務者父道三の所有地に櫛形にくい込む形になっているが、右三筆の土地も右道三が買収予定の土地であり、その買収も容易である。そうだとすれば、本件建物の南側ははるかに余裕を有することになり、本件建物の建築を南側に下げることができ、従って本件建物の北側に余裕のある空地をおくことができることは明らかである。

(4)  かようにみれば、債務者が本件のようにわざわざ北側国有地より一・二メートルしか間隔をおかないで病院を建てる理由も必要もなく、かえって、広大な敷地のなかに如何様にでも場所をかえて建築することが可能である。そして本件土地一帯は都市計画上住宅地域に指定されており、閑静な住宅地帯を形成する。周囲に広大な農村地帯を控えているので土地も安く、東京の如く無理に高層ビルを建てる必要性もすくない。

(5)  債務者の害意

昭和四二年一〇月下旬頃債務者の母サダは債権者小野方を訪れ、「万一病院を建てるとすれば、お宅は暗くなりますよ。」と言って暗に転居と土地の買収を示唆した。よって、債権者小野は一時転居を考えたこともあったが、その後債権者らの度々の要望の結果、同年一一月一九日に至り、右サダは債権者小野方を訪れ、迷惑はかけないと言明したのである。しかるに、債務者側は翌昭和四三年一二月頃より態度を一変し、本件のような建築計画を強行しようとしてきた。これは、前記(1)ないし(4)の如き事情の下で、債権者らの転居と買収という懐柔に失敗した債務者が、代々の医院という社会的威信を背景に、自己の意のままにならぬ債権者らをこらしめようとの害意の存在を推知し得る。さらに、債務者が債権者ら居住家屋の状況、高田地方の気候風土的特性を熟知していることを考えると、債務者の本件建築行為は、債権者らの日照享受の生活をことさら妨害しようとする害意にでたものという外ない。

(二)  信義則違反

債権者小野は昭和四二年八月はじめて本件建物の設計を聞き及び、その後何度も債務者方を訪ね、その真偽および建築するなら間隔をあけるよう要望してきた。ところが、同年一一月一九日前記のように債務者の母サダは債権者小野方を訪れ、「病院建築で家族会議を開いたところ、日照権の問題も出た。しかし近所には迷惑をかけない。別紙図面一の一七・一八番大竹さんの土地は、金さえ出せば買えるから迷惑をかけない。」と確言した。よって債権者小野はかねての計画どおり、昭和四三年五月二階二六・四四平方メートル(八坪)を増築したのである。しかるに、債務者側は同年一二月頃から態度を一変し、債権者小野らの度々の話合い申入れにも応ずることなく、建築を強行しようとしている。右債務者の言動は禁反言の原則にもとり、かつ信義則に違反する。

六、被保全権利

(一)  「およそ住宅における日照通風の確保は、快適で健康な生活の享受のために必要にして欠くことのできない生活利益であって、これは自然から与えられる万人共有の資源ともいうべきであるから、かかる生活利益としての日照通風の確保は、これと衝突する他の諸般の法益との適切な調和を顧慮しつつ、可能な限り法的な保護を与えられなければならない。」「妨害者の所有権行使の結果生じた近隣に対する日照通風の阻害が、被害者において社会通念上一般に受忍すべき限度をこえるに至ったと認められる時は、もはやその被害者に対しては、これが社会的に許容された適正な権利行使であることを主張しえず、違法な生活妨害として不法行為を構成すべきである。」(東京高裁昭和四二年一〇月二六日判決)

(二)  日照権の主体

日照権は宅地、建物と隣地の日光障害物との関係で認められる人格権の一種であるから、建物所有者である債権者小野、建物占有者である債権者丸山、同並木が右権利を享有することは明らかである。

(三)  日照権保護の具体的基準

(1)  日照権の内容は、加害者と被害者との相対的関係により定まる。建築基準法第二八条、第二九条が日照権の享受を前提とした規定であること、政府出資の日本住宅公団につき、公団住宅設計基準(昭和三八年七月二六日住宅公団達第一三号(イ))第一章第一三条が「住宅の一以上の居室の日照時間は冬至において原則として四時間以上とする。ただし、高度に土地を利用することが必要な市街地等で敷地の状況により前段の規定により難いときはこれを一時間以上とする」と規定していること、昭和三七年住発第六五号建設省住宅局長より都道府県知事宛公営住宅設計基準が「各棟の南北間隔は平家住宅にあっては六米を標準とし、二階建住宅にあっては別表第一により冬至四時間の日照が確保されるように定めること」と規定していることを考えれば、一般的には、被害者は冬至において日照四時間の権利を有するものというべきだが、右被害者の受忍限度は加害者の加害の態様、意図等、社会的評価等の関係から調和的に決定されるべきである。

(2)  東京(北緯三五度四一分)においては、冬至において四時間日照を得るためには、南北の隣棟間隔として南側建物の高さの一・九倍を必要とする。高田市(北緯三七度六分)における冬至の日照時間は二・四時間であり、この日照を得るには、南北の隣棟間隔が南側建物の高さの一・七倍を必要とする。高田市は我が国有数の豪雪地帯であって、一二月から翌年三月までの月別日照時間も、東京の一六八・五時間、一八六・二時間、一六五・七時間、一七五・九時間に対し、八〇・九時間、七三・一時間、八六・九時間、一四三・八時間となっている。日照率(日照時間の可照時間に対する百分率)の点でも、東京の五六、六〇、五四、四七各パーセントに対し、二七、二四、二八、三九各パーセントに過ぎず、晴日数の点でも、東京の二四・一日、二四・二日、一九・四日、一七・八日に対し、六・六日、七・六日、七・二日、七・二日に過ぎず、従って曇天日数、不照日数は共に東京をはるかに越えている。同月別の降水日数は東京の六・八日、七・七日、九・〇日、二二・九日に対し、二六・五日、二八・〇日、二二・九日、二一・五日と数倍に達する。かようにして高田市の如き日本海側積雪地帯にあっては、特に冬期太平洋側の東京地方と比較にならない程日照権は貴重な権利というべく、格別の保護を受けられるべきである。仮りに高田地方の特殊性を無視して日照の権利が妨げられるとすれば、債権者らは少くとも冬期四ヵ月間は全く日の当たらない積雪にうずもれた冷蔵庫の如き家屋で居住を強いられることになり、受忍の限度をはるかに越えるものというべきである。なお、前述のように高田市は一晩に二メートルの積雪があることもあり、統計によっても一一月から翌年四月までの間に雪日数は七四・九日に達する。一一月四日に初雪、四月三〇日終雪、積雪五〇センチメートル以上の日六二・六日、積雪一メートル以上の日が三八・八日ある。

七、仮処分の必要性

日照権は、今日それ自体一個の実体的権利(人格権ないし生存権)として考えられるべきものであり、妨害者に対し、ニューサンスの理論に基づきその差止めを請求できる筋合いである。仮りに然らずとするも、日照、通風の妨害が諸般の事情から被害者の受忍限度を越えると認められる時は、違法な生活妨害として不法行為を構成し、右妨害が受忍限度を著しく越える時は、不法行為に対する差止め請求が認められるべきである。

債権者らは、前記権利に基づき妨害予防の本訴提起を準備中であるが、本件建物の建築工事が完成してしまうと、これが妨害排除を求めることは困難となる。そこで、前記のように、高田市において冬至の日照時間を享受するには、本件建物の高さ一三・六メートルの一・七倍即ち二三・一二メートルの隣棟間隔が必要である。ところで、当事者間の敷地の間には巾一・八メートルの国有地があり、かつ債権者ら居住家屋のうち最も南側境界に近いものが右境界より三メートル離れているから、結局債務者は北側境界から一八・三二メートル離れた地点を本件建物の最北線としなければならないが、債権者らは右一八・三二メートルを譲歩して境界より一五メートル離して建築するよう申請の趣旨記載の如き仮処分を求める。」

債務者訴訟代理人は、「本件仮処分申請を却下する。」との判決を求め、申請の理由に対する答弁として次のとおり述べた。

「一、申請の理由一の事実のうち、債権者小野、同丸山、同並木が債権者ら主張のような家屋を所有又は占有して居住していることは認めるが、その余の事実は知らない。

二、同二の事実は認める。

三、同三の事実のうち、債務者が債権者ら主張の道三名義の三筆の地上に、地下一階、地上四階の建物(医院)一棟の建築を計画し、建築確認の申請をしていること、右建物は長さ二八メートル、玄関の長さ三・六メートル、巾六メートル、延べ面積一、二四七・八三平方メートルであること、債権者ら居住家屋の敷地と債務者建築予定地との間には、巾員一・八メートルの下水路(国有地)があり、現在下水溝は約六〇センチメートルで、債権者ら側、債務者側より共に約六〇センチメートルずつ埋立てられていること、右建物の東北の北端に階段が設けられることは認めるが、その余の事実は争う。本件建物建築計画は、民法の諸規定は勿論建築基準法その他の法規にも反していないし、国有地と債務者の建築予定地との境界から二メートル南に下った線に、建物の北側端が来るよう配慮してある。

四、同四の事実のうち、債権者ら居住の家屋とその敷地が南に面していること、債権者小野の家屋玄関のガラス戸が、前記国有地に存する下水溝の中心線から四・五八メートル、債権者丸山の居住家屋南側出窓、債権者並木居住家屋玄関のガラス戸から右中心線まではそれぞれ六・〇四メートル、六・七五メートルであること、高田市が積雪地であることは認めるが、その余の事実は争う。

本件建物建築によって債権者らが受ける被害の程度は次のとおりである。

(1) 冬期(冬至)の日照関係

最も日照を受けにくくなる冬至における日照関係をみると、(イ)債権者並木居住家屋は最も西側にあるため、午前一〇時過ぎから正午頃までの二時間は、南側だけ直射日光をさえぎられるが、その時間を除くと、終日直射日光を受けることができる。のみならず、右家屋は西側より光線がはいることとなっているので、日光をこの方面よりも受けられるのである。(ロ)債権者丸山居住家屋は平家建であるから、最も直射日光を受けられないのであるが、日陰になるのは午前一〇時過ぎから午後二時過ぎ頃までであって、その余は終日直射日光を受け、充分の日照を受けられるのである。(ハ)債権者小野の居住家屋は最も東側にあるから、直射日光が当たらなくなるのは午後二時頃からであって、それまでの時間は充分の直射日光を受けることが出来る。のみならず、右家屋は東側より充分光線がはいるので、日照はその方面よりも得られるのである。このように債権者らの冬至における日照関係は或る程度妨げられるにしても、受忍できない程のものでないのみならず、債権者ら居住家屋の前後には相当の空地があり、日光の照り返しを受けることもできるのである。

(2) 冬期以外の日照関係

前記のとおり冬至においてさえ、充分の直射日光を受けられるので、春分、秋分においては、債権者並木は終日直射日光を受けられ、債権者丸山、同小野は午後二時過ぎから半分くらい日陰になるだけである。そして春分から秋分の間においては、終日日光を受けることができるのである。

右のような日照妨害の程度は、民法所定の相隣関係の規定に従い、境界を接して隣地と同じ高さの建物を建築した場合と殆んど変らない。従って、本件において日照妨害を主張するのは不当である。

(3)  冬期の降雪と積雪

本件建物はその構造上雪降しの必要がなく、高田市の降雪の程度を考慮して積雪に耐えるように設計され、また雪なだれを起さないように配慮されている。

(4)  通風と債権者ら居住建物の位置的状況

債権者らの三軒の家屋の東、西、南は、いずれも相当広く空いており、北側には庭があり風通しがよく、通風は決して悪くない。

以上のように、債権者らの受ける被害は、本件土地が空地であったのに比して若干日当りが悪くなるという程度に過ぎず、この程度の生活利益の不便は社会生活を営むうえにおいて、当然に受忍しなければならないものである。

五、同五の事実のうち、債務者の父道三が、債権者ら主張程度の宅地を有することは認めるが、その余の事実は争う。

債務者は、先祖代々の医業を近代的設備をもった医院において行ない、高田市民はじめ多くの人々の病気を治療し、社会に貢献するために本件建物の建築を計画したのである。そして本件建物の設計並びに敷地の選定は、債務者の依頼により、社会的に相当の信用のある石本建築事務所において、債務者父道三始め一族の所有地全部を実地調査し、そのうえで現存する居宅、病棟等の配置およびその敷地の状況、医院としての社会的機能、患者のための便宜、道路の状況特に本件建物は患者通院の便宜上大町通りより元職業安定所跡を通って表玄関に面することが最も妥当であること等一切の諸事情を建築関係の専門的見地から考慮してこれ以上他に適当な方法はないとして決定されたのである。そして近代的設備をもった病院建築として、この程度の建物はどうしても必要であり、場所的にみても不当に大き過ぎるということはできず、設計変更はできないものである。なお、本件建物は高層ビルではなく、実質は三階建の建物であり、その上に三階までの部屋を利用するに必要な空調機械室、エレベーター機関室等を設け、その余の屋階の大部分は屋上となるのである。のみならず本件建物の用途に鑑み、住宅地域のような閑静な場所を最も必要とする。学校、病院などの施設は、住宅地域で建築するのが最も適しているのであるから、本件建物が住宅地域内に建築されるからといって、特に不適当、不必要であるということはできない。

また、本件建物の建築ができない場合は、債務者は次のような損害を受けることとなる。すなわち、(1)債務者は既に相当多額の出費をもって、債務者父道三始め一族の所有地を全部実地について専門家に依頼して調査したうえ、本件建物の設計をしてもらい、設計図を完成して新潟県に確認申請書を提出したのである。従って、本件建物が建築できないときは、既に支出した多額の金銭上の損害を受けるのみならず、本件土地の使用が大巾に制限され、所有権の行使が許されなくなるのであって、それ相当の損害を蒙むる。(2)本件建物は、先に述べた如く公益に供する目的で建築され、近代的医療設備を備えるに必要最少限度のものであるが、これの建築が許されないならば、本件建物の完成によって治療されるべき多くの病人が救われなくなり、その社会的損失ははかり知れない。(3)本件建物は境界から二メートル離して建てられる予定であるが、そこから巾四・二メートルの部分は一階建であり、債権者ら居住建物より低いか、または同程度の高さであって、債権者ら家屋の日照妨害とならない。本件建物の二階以上の部分は境界から六・二メートル離れるのである。債権者らは自らの敷地の南側を約四メートル空けているに過ぎないのに、債務者に対し、もっぱら債権者らの利益のために、本件程度の建物の建築さえ許されないというのでは、両土地の利用関係を比較して著しく不公平であり、債務者の土地使用を事実上禁止することとなり、債権者らの受ける日照、通風等の影響と比較し到底許されない。本件仮処分申請は権利濫用である。

六、同六、七の事実のうち、債権者らの援用する東京高等裁判所の判決理由中にそのような判示のあることは認めるが、その余はすべて争う。

何人も日照を確保することが快適な生活を享有するために必要な生活利益であること、従って可能な限り法の保護を受くべきことには異論はない。ところが、あらゆる生活利益は相互に矛盾し衝突するから、他人の法益との間で調和を図ることを必要とする。ここに法益の適正な調和を図り、相互の生活利益を確保するために、法は実体上の権利を与え、各人が享有しうる生活利益の程度、内容について限界を考慮しているのである。しかるところ、わが国の法制上、妨害予防ないし妨害排除を認める実体上の権利としては、法律で定められた物権に基づく物上請求権をおいて外にはなく、債権者ら主張のように、人格権(ないし生存権)に基づく物上請求権はあり得ない。たまたま権利濫用の場合において、その権利の行使が許されない結果、被害を受くべき第三者の側からの請求が認容され、あたかもその第三者に対し、物上請求権に基づかない妨害予防ないし妨害排除請求権が認められるかの如き外観を呈することがあるが、そうではなく権利濫用が許されない結果、反射的な利益を受けたに過ぎないのである。また、債権者らはいわゆるニューサンスの理論を主張しているが、諸外国にあっても、当然に日照権による妨害予防ないし妨害排除請求を認める法制を採用していない。なお、債権者ら主張の如く人格権(ないし生存権)に基づく妨害予防ないし妨害排除請求権を承認するときは、いうまでもなく、人格権(ないし生存権)は一身専属権であるから、居住者の各人がすべてその権利を有することとなる。かくては隣地の土地建物所有者らから承認を受けて建物を建築する場合であっても、家屋居住者すべてから承認を受けない限り安心して建築することが出来ない結果となる。人格権を根拠とする限り、このような不合理を忍ばなければならないのであって、甚だしく不当な立論であるといわねばならない。債権者らは建築基準法第二八条、第二九条の各規定および日本住宅公団の公団設計基準並びに建設省住宅局長よりの都道府県知事宛公営住宅設計基準をもって日照権の内容の根拠としている。しかしながら、右法条並びに各基準規程は建物を建築する際において、自らの建物を建築する者に対し、一定の基準を定めこれを遵守するように要請したものに外ならず、これが債務者に対する日照権の根拠となるいわれはない。債権者らが自らの建物を建築する際に考慮すべきことがらであって、これをもって日照権の内容とするのは筋違いといわねばならない。かりに債権者ら主張のように、日照を受ける権利があるとしても、本来建物建築などの土地利用に必然的に伴う日照妨害の如きは、何人も受忍しなければならない社会生活上の義務であることを念頭におくべきである。隣地がたまたま空地とされていたために受けられた日照の利益は、隣地が利用されなかったために受けられたいわば恩恵的な利益に過ぎず、この利益を確保しようとするのは筋違いである。むしろ、建物を建築する者は隣地所有者が建物を建築したとしても、自ら必要とする日照を確保するために南側の敷地を空けておくべきである。要するに、隣地所有者の建物建築に伴う日照妨害に対し、法律上認められるべき日照保護の限度は、社会生活上当然忍ばなければならない限度を超えてそれ以上に不必要、不合理な日照妨害を受け、それによって、実質的な損害を蒙むる場合に限らなければならないものであるが、債務者の本件建物建築に伴い、債権者らの受ける日照等の妨害は、右の限度を超えないものである。」

疏明≪省略≫

理由

一、債権者ら主張の申請理由一の事実のうち、債権者小野、同丸山、同並木が、債権者ら主張のような家屋を所有又は占有して居住していることは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、≪証拠省略≫によって認められ(但し、債権者丸山居住家屋の小間は六畳、座敷は八畳であり、債権者並木居住家屋の寝室は八畳、二階客間の一つは八畳である。)、右認定を左右するに足る疎明はない。そして債権者小野居住家屋の玄関ガラス戸と後記下水路(国有地)の中心線との距離が四・五八メートル、債権者丸山居住家屋南側出窓と右中心線との距離が六・〇四メートル、債権者並木居住家屋玄関のガラス戸と右中心線との距離が六・七五メートルであることは、当事者間に争いがない。

二、債権者ら主張の申請理由二、三の事実のうち、二の事実ならびに債務者がその父道三所有名義の高田市西城町三丁目三番二地目畑、同番四地目宅地 同番三地目畑の三筆の地上に、地下一階、地上四階の建物一棟(医院)の建築を計画し、新潟県に対し建築確認の申請をしていること、右建物は長さ二八メートル、玄関の長さ三・六メートル、玄関の巾六メートル、延べ面積一、二四七・八三平方メートルであり、建物の東北の北端に階段が設けられること、債権者ら居住家屋の敷地と債務者建築予定地との間には、巾員一・八メートルの下水路(国有地)があり、現在下水溝は約六〇センチメートルで、債権者ら側、債務者側より共に約六〇センチメートルずつ埋立てられていることは、当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すると、本件建物と敷地との関係は別紙図面三のとおりであって、本件建物の北側壁と敷地北側境界との間隔は二メートルであること、本件建物の巾は一七・二メートルであるが、その北側(債権者側)巾四・二メートルの部分は一階建で、その高さは四・五メートルであり、残り巾一三メートルの部分が四階建で、その高さは一三・六メートルであることが認められ、右認定をくつがえすに足る疎明はない。

以上の事実によると、債権者小野居住家屋の玄関ガラス戸から本件建物四階部分の北側壁までの距離は一一・六八メートル、債権者丸山居住家屋南側出窓から右北側壁までの距離は一三・一四メートル、債権者並木居住家屋の玄関ガラス戸から右北側壁までの距離は一三・八五メートルになることが計算上明らかである。

三、債権者らは、本件建物が完成すると、日照妨害、積雪障害、通風障害をこうむる旨主張するから、以下この点につき判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  日照関係

本件建物の敷地はもと空地であって、その北側、債権者ら居住家屋敷地との境界附近に高さ数メートルの樹木が数本あるほか、債権者ら居住家屋に対する日照をさまたげるものは存在しないので、債権者らは現在に至るまで終日日照の利益を享受してきた。しかし、本件建物が完成すると、冬至(一二月二一日頃)において、債権者小野居住家屋は おおむね午後二時頃から直射日光が当たらなくなり、債権者丸山居住家屋は、おおむね午前一〇時頃から午後二時頃まで直射日光が当たらなくなり、債権者並木居住家屋は、おおむね午前一〇時頃から正午頃まで直射日光が当たらなくなる。もっとも、債権者小野方は東側、債権者並木方は西側に相当の空地があるので、この方面から日光を受ける余地がある。そして夏至(六月二一日頃)においては、債権者らはいずれも終日日照を享受することができ、春分(三月二一日頃)、秋分(九月二一日頃)においては、債権者並木方は終日、債権者小野、同丸山方は午後一時頃までは全面的に日照を享受することができる。

(二)  積雪関係

本件建物は、積雪二メートル、一平方メートル六〇〇キログラムの重量に堪えるものとして設計され、建物敷地(高田市西城町三丁目三番二、同番三、同番四)だけをみると、雪降ろしの場所は不充分であるが、本件建物の東側空地(別紙図面三方面)に降ろす余地があり、従って本件建物に降った雪は必ず債権者らの敷地に落下するものと断定することはできず、また前記相互の建物の位置からみて、債権者ら敷地が常に雪の吹きだまりになるとも断じ得ない。

(三)  通風関係

本件建物の規模からみて、南風の通りが従前に比較して悪くはなるが、債権者ら居住家屋の周囲には相当の空間があり、例えば債権者小野方と債権者丸山方とは約四メートルの間隔があるのであって、通風が全く妨げられるものではない。

≪証拠判断省略≫

四、債務者の本件建物建築によって予想される債権者らの日照妨害等は、前項で認定したとおりであるが、右被害は、果して債権者らにおいて社会生活上一般に受忍すべき限度を超え、右建築工事につき、差止めを命じなければならない程度の違法性が存するか否かについて、判断をすすめる。

(一)  ≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。すなわち、債務者はかねて近代的設備をもった医院の建設を計画していたが、昭和四三年末別紙図面三のうち附近にあった職業安定所が立退いたのを機に、昭和四四年五月頃石本建築事務所に医院建築の設計を依頼し、同事務所において実地調査の上、別紙図面三に増築建物と表示された場所に建築するのが最も適当であると決定し、本件建物を設計した。右の場所に本件建物の敷地を選定した理由は、患者通院の便宜を考え、冬期除雪が優先的に行われる大町通りに近いこと、病院の規模からみて本件敷地が適当であって、他の道三所有土地には既存建物が存在し、本件建物を建築するに足る空地がなかったこと等があげられる。また前記二に認定した位置に設計したのは、別紙図面三のうちの部分を駐車場とし、これに接する方面に玄関を置き、本件建物の南側を車輛の通路とするのが、右図面の部分から同の部分への通り抜けが便利であると考えたからであり、かりに車輛の通路を北側にとると、消防車、医療関係大型車の通り抜けが既存建物との関係で困難ないし不能となる。なお、本件建物南側に存在する二〇番畑、一七番五畑の所有者清水、同じく一七・一八番畑の所有者大竹に対し、債務者側で買受けまたは交換の交渉をしたことはあるが、何れも成立するに至らなかった。≪証拠判断省略≫

そして、債権者らの主張する債務者の害意ないし信義則違反の事実は、≪証拠省略≫によっても認めるに足りず、他に右事実を認めるに足る疎明はない。

右認定によれば、債務者の本件建築行為を目して権利濫用ないし信義則違反ということはできないから、この点に関する債権者らの主張は採用することができない。

(二)  本件建築につき、債務者が新潟県に対し建築確認の申請をしていることは当事者間に争いがなく、前記認定の諸事実に債務者本人尋問の結果を合わせ考えれば、債務者は未だ右確認は受けていないが、右建築は建築基準法等現行建築関係法令に違反するものではないこと、本件建物は、一階を外来者用室、診察室、レントゲンテレビ室、厨房、二、三階を入院設備、食堂、四階を予備室、サンルーム等を主体に設計され、病院用として格別不適当、不必要な点は見当たらないことが認められ、右認定をくつがえすに足る疎明はない。

(三)  本件建物の建築ができないときの債務者の受ける損害につき考えるに、債務者本人尋問の結果によれば、債務者は石本建築事務所に対し、設計費用として約三〇〇万円を支払わねばならないが、更に既に進められている熊谷組との建築請負の交渉を中止せねばならないことになり、現実に経済的損失を受ける計りでなく、本件土地の使用が制限され、病院建築計画が挫折することにより、さらに有形無形の損害を蒙ることが認められる。これに対し、債権者らが債務者の蒙る損害に匹敵ないし上回る損害を蒙る事実は、これを認めるに足る疎明がない。

(四)  債権者らは、高田地方の如き積雪地方では、冬期における日照は格別に保護されるべきであるとし、建築基準法第二八条、第二九条、公団住宅設計基準、建設省住宅局長の都道府県知事宛公営住宅設計基準等を援用するが、右諸規定はその内容、制定趣旨に照らして、一般的に日照関係を規制するものと解することはできないのであって、日照利益の保護は、現行法上形式的、画一的に決定されるものではなく、個々の事案に則して、日照妨害が社会生活上受忍すべき限度を超えたか否かを検討の上決定されるほかはない。

(五)  以上に認定判示したところを総合すると、本件建物の完成によってもたらされる日照等の妨害は、本件建物の建築工事の差止めを命ずべき程度に著しく債権者らの受忍限度を超えているものと認めることはできない。

五、従って債権者らの債務者に対する人格権ないし生存権侵害または不法行為を理由とする妨害予防請求権に基づく右建築工事差止め請求は認容することができない。これを要するに、債権者らの本件仮処分申請は被保全権利の疎明がないことに帰着するが、本件では疎明に代る保証を立てさせて債権者らの申請を認容することも相当でないと認められるから、本件仮処分申請をいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋正憲 裁判官 西村四郎 萩原昌三郎)

<以下省略>

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